「変わらずに其処にある事のありがたさ。」

先月号のメルマガにどうしても書きたかったのに、涙がこぼれて書けなかった事を今回は書きたいなと思うし。ってだいぶずれちゃったけどね。
6月末の金曜日の夜に夫ポンチチとさぼてんビルを訪ねたんだ。 何だか懐かしいさぼてんビル、夜はちょっと危険な感じのする界隈だし。 数年前にしてたようにいつものようにエレベーターのボタンを押し、英会話のパシフィックのドアを開けた。
英会話のパシフィックはいつも同じ匂いがするんだ。 独特ななんか懐かしい匂い、全然変わってなかったし。 ただ受付に浅井先生がどっしり座ってなかったんで、ポンチチと「あれっ?」だった。 マジで座ってて欲しかったし…そしたら間違いなくタイムトリップの気分を味わえたのにーー。
カウンターには宿題のノートが乗っかってた。 そうそう、毎回ブルーエイザーの宿題提出してたしーと懐かしい。
と男性の外国人の先生が、顔を出して、固まる私。 「えーと怪しいもんじゃないんで。」と顔でアピール。 と英語だと雄弁になるポンチチが、笑顔で英語で話してるし。
オオーッ、英会話のパシフィックは変わらないけど、何だか私、とっても英語を話すことに臆病になってるなあと落ち込んだ。 どんな時も物怖じしないのが売りだったのにねえ。
でもって浅井先生登場、相変わらずの浅井先生だった。 でもちょっと柔和になった感じがした。 初めてパシフィックを訪ねて行った日、浅井先生の目はもっと厳しかった気がするし。 「本気で英語をやる気なんだろうか?この人?」とじーっと見られてた気がしたし。
授業の終わった生徒さんが出てきて、ちょっとだけ受付が賑やかになり、でもってカリフォルニアからやって来た女性の先生が、カリフォルニア英語で話し出した。
一瞬固まった南半球在住夫婦、ポンチチと目で合図「おめえ判るか?あの英語、オラはなんとか聞けるような気がするけど、難しいっぺよ。」と私。
「オラもだーー、南半球の英語とは違うっぺよ。 オラ達、アメリカのドラマも見てるけど、カリフォルニア訛りは吃驚だっぺよ。」とポンチチ。
そう南半球在住の私達には耳新しいカリフォルニア英語だったし。 しかも早いし。 南半球って英語のスピードも遅いのか??と夫婦でギョッ?だった「NYには行けないねえ。NZが精一杯だっぺ、オラ達には。」だった。
でもって嘉子先生も登場、相変わらず若かった。 お世辞じゃなくて一ミリも変わってなかったんだ。 何だか嘉子先生の文法の授業滅茶苦茶受けたいって思った。 あんなに楽しい文法の授業って初めてだったし。 老いた脳でも、英語圏に住める所まで行けたのは、あの嘉子スマイルと嘉子ボケ(すみません。)のおかげだと疑った事は無い私。 本当に英語に自信のない今、受けたら、また元気が貰えるだろうなと思ったんだ。
何だかね胸が一杯になったんだ。 私があちこちウロウロしている間にも、パシフィックは変わらないでずーっと其処に存在して、英語を学びたい人が私が数年前にしてたのと同じように、仕事終わりで疲れてるのに夢を抱いて、教室に通ってる。 なんだか自分のスタート地点を確認できたような気がして、変わらないことの心地よさ素晴らしさを見た気がした。 変わらない事って簡単に思えて難しいんだよね。 本当に「ただいま!」って思った。 そして、「またいってきます!!」ってさ。
浅井先生の行きつけの素敵な飲み屋さんで一緒に飲ませてというか、食べさせていただいたんだけど、そこのお店の丁寧な仕事ぶりにも驚かされた。 さすがだなって思った。 ジョッキがキーンと冷えてるし、小鉢の味も素晴らしかった。 勿論、メインは言うまでも無く。
手を抜かないって凄いなって思った。 ラリアって大雑把な国なんで、日本の繊細さを忘れかける時が多いし。 ポンチチも「やっぱり日本ってレベルが高いね。」と呟いてた。
浅井先生と嘉子先生とお喋りしながら、変わらない二人の信念が素晴らしいなってまた思えた。 二人が同じ夢に向かって生きてるし。 英語と言う武器を持つ日本人を増やしたいって言う。 でもって絶対にぼったくりはしない、でも甘い事ばかりも言わないぞって言う。
信念を貫くには自分のもうちょっと厳しくしないとなあと、タルタルのお腹を見てやや反省、でもって一番やりたかった留学生のサポートという仕事を諦めて、食うためにDAをやっている自分にもちょっと幻滅したんだ。 ってね昔のように留学生が日本から一杯来てくれれば食えるのにねえ留学業界…閑古鳥なんだ悲しいことに。
でも何時か、必ず、本当に英語を学びたい人のサポートをしたいって思った。ポンチチも一緒にさ。 勿論シェフとDAは続けながらだけど、浅井先生と嘉子先生に会って、また新しい宿題を貰った気がした、ライフワークになりそうな宿題をさ。
いつまでも先生なんだお二人はさ。 私の永遠のさ。そしてパシフィックは故郷なんだ。ずっと変わらないで居て欲しいんだ。 またラリアでの極貧暮らしに疲れて指針を失いそうになったら夫婦で訪ねますから。 だし。
写真は我が家の窓からみた気球です。 こんなのが時々飛んでますブリ。
- 2008/09/01
- ガニコとポンチチのオーストラリア奮闘記!



