また会えた。

ラリアに移住する3ヶ月ほど前、愛猫のプー16歳が虹の橋を渡っていった 。私は号泣しながら、橋を渡ったプーに向かって約束した。 「私もポンチチもラリアで、絶対に頑張るから、あなたの為に庭付きの一戸建てを用意するから、お願いだから私達夫婦の元に生まれ変わって来て。 そしてラリアの大自然の中、今度は20歳まで生きて欲しい」と。

移民生活は毎回、書いているけど楽ではない、自分で選んだ道なんだからと自分に言い聞かせないと心が折れそうな事が沢山あるし。 特に貧乏夫婦にはさ…。

ラリアで留学カウンセラーになるのが、当初の計画だった私、理由は単純、「私の人生を英語が変えたから。」。 しかし、留学業界は閑古鳥が鳴いていた。 数年前は日本人で溢れていた語学学校には、韓国人、中国人が代わりに溢れかえっていたし…辛い現実だった。一体日本人はどうしたんだ??と頭を抱え込んだし、何故ってそれ以外の仕事の案を、日本で考えることなく、飛び出てきたから…。

プーとの約束…ずっと頭を離れなかった。 約束の実現には、インカムが必要…かと言って、英語一本でラリアで営業できるほどの、流暢な語学力は無く…ワーペリをしていた留学センターのボスから「チャイルドケアーか介護士かDAなら、多分仕事が取れる。」と言われ、消去法で選んだどう考えても前向きではない結論がDAだった。 コースに通い、アサインメント、アセスメントをこなし。英語の歯科用語に七転八倒しながら取った資格…40過ぎて、新しい事はじめるのって大変なんだなあ…脳味噌って衰えていくんだなあと嫌というほど感じさせられたし。

でも頑張れたのはプーとの約束、プーは私がラリアで弱音を吐けないように、尻尾を巻いて逃げる事のないように、あの時を選んで逝った気が何度もしてならなかったんだ。

で何とかDAとしてインカムが取れるようになり、ポンチチが、この片田舎のビーチでの仕事を取り、大好きなブリから此処に引っ越してきた…そして、私にも降ってきた正社員のDAの仕事。 決してねやりがいは無いのよ…条件も良くないんだけど、正社員って言うのだけが魅力なんだけどね。

んでもって、政府の住宅購入補助政策にホイホイと乗っかって、大借金を負って、遂に庭付き一戸建てを買ってしまったし…ってね、此処での人生、ほぼ毎日が清水ジャンプなんで、もうジャンプする恐怖感すら無くなって、いつもの勢いだけで、またやっちゃったって感じて買っちまったんだけどね。
そして遂に、遂に、遂に、シェルターに何度か通ってプーを見つけた。プーにはいつも話していた。 私達は必ずシェルターから子猫のプーを養子として迎えることをさ。 だから何度も通ったんだ。 プーだって感じられる猫に会えるまで。

プーは1月22日生まれだった。 5ヶ月になったらシェルターでは子猫扱いでは無くなり、$150から$100に販売価格も落ちる…まさにケツカッチンで見つけたプー。 あと数週間遅かったら、プーは子猫で無くなっていたから。

そしてプーは5月13日シェルターに引き取られていたのに、すぐに風邪を引き、シェルター内の病院で治療を受けていて、ずっとシェルターではお披露目がされていなかったんだ。 5月13日にはまだ家の引渡しが済んでいなくて、というか猫を引き取る事より、引越しと車の運転の練習に忙しかったし。

私は、何にでも理由付けするのが好きだ。 そして人生には苦しい事、嫌な事、悲しい事も含めて無駄は無いと思っている。

プーが生まれたのは私が正社員の仕事が取れた頃…、 生まれてしまったプーは、私と同じように約束を思い出し焦ったんじゃないかなと…。 そして私達を掌で転がしたんじゃないかなと…家なんて今年買うなんて夢にも思っていなかったし、家を買うのは10年以上先のはずだったし。 ブリの不動産より、安いこの片田舎に引っ越してきたから出来た事だし…。 そうなんにでも意味があるのさ多分きっと。

私達の人生は猫のプーの掌の中。 プーって英語では運ピーって意味…まあね英語が嫌いな頃に名づけちゃったからこれ仕方なし。 でも生まれ変わってもプーはプー。 我が家は運だけでなんとか移民暮らししているから運ピーって意味すら歓迎よ。

このラリアで約束どおりまた会えたしプーと。 家族が増えた我が家、またプーを通じて色んな今まで知らなかった英語と只今格闘中…餌の成分とか、トイレ用砂の成分とか、医療用語とか。

福猫プーが加わり、我が家のラリア暮らしは、より充実しそうだし。 また会えた…本当に…。 思い込みと向こう見ずな勢いって時々、大きな収穫があるし。 痛い目にも遭うけどね。

英会話スクール・スタッフのひとりごと

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