【ガニコとポンチチのオーストラリア奮闘記!】初めましてポンチチです。


初めましてポンチチです。タイトルが連名なのに、あんたが書かないのはズルイと妻に突っ込まれたので、今回初めて原稿を書きます。

僕は今、ブリスベンのホテルのキッチンで中間管理職シェフをしています。
部下も上司も白人で、キッチンはそんなに品の良い場所ではなく、忙しくなると緊張感一杯の場所なので、エフワードが飛び交う世界です。

当たり前の事ですが、誰も英語をゆっくり話してくれることなど無く、話せて当たり前、そして、訛りの強いオージーの英語を聞き取るのに最初は精一杯でした。

NZのキッチンでこれまた訛りの強いキウイの英語とインド人の英語で鍛えられたおかげで、慣れるのにそんなに時間はかかりませんでしたが。

僕達がラリアの永住権を取れたのは僕のシェフとしてのスキルのおかげです。
というと大袈裟ですが…。僕は日本では普通の調理師でした、有名店でシェフをしていた訳でもなく、一流ホテルに勤めていたわけでもありません。
ただ手に職を持って地道にやっていました。日本のキッチンは、労働条件も悪く、上下関係も厳しく、楽な職場とは言えませんが、ただ料理が好きなので続けていました。

初めてタイ旅行に行き、海外旅行の楽しさを知り、海外で働けたら面白いんじゃないかなと軽いノリでシンガポールに履歴書を送り、とんとん拍子に採用が決まり、シンガポールに渡りました。ビジネスビザをサポートして貰う。その事がそんなに大きい意味を持つとは思っていませんでした。
ビジネスビザは海外で働くための必須条件。それが無ければ働けません。
悲しい事ですが、そのビザを逆手に取って、過酷な労働条件を課す雇用主が多いのも事実です。
僕も初めての海外就職でしっかりとその罠に嵌りました。
休みが月に一回という最悪な条件を飲まされたことも何度もありました。

シンガポールでの僕の英語力は正直とても低かったので、転職するにもそれだけの力がありませんでした。英語力を磨こう!!と思っていたときに会ったのが妻で、その時の妻は僕よりも英語が出来ました。妻に紹介されたブルーエイザーで必死に文法の勉強をし、ペーパーバックを必死で読んで、語彙を増やしました。
結果、人並みに英語の出来る料理人になることが出来ました。

そのおかげでワーキングホリデービザでNZに渡り、ジャパレスの過酷な労働条件に疑問を抱き、試しにホテルへCVを送った所採用が決まり、キウイと同じ給料、同じ労働条件でビジネスビザのサポートをして貰うことが出来ました。

英語が出来るか出来ないか、駄目もとで突っ込めるか突っ込めないかで人生が全然変わることを実感してます。
僕は決して物凄い料理人ではなく、ただ英語が話せ、強面で勢いのある妻を持っているだけなので。

ここラリアでもワーホリの日本人がジャパレスで法定賃金をはるかに下回るお金で働いています。それを見ると僕は少し悲しくなります。
僕のホテルのキッチンにキッチンハンドのワーホリの韓国人が沢山居ます。彼らが物凄く英語が出来るかと言うと???な人も結構居るのは事実です。
しかし彼らの時給はジャパレスの2.5倍なんです。

何で日本人は、キッチンハンドに入って来ないのか??これが僕には疑問です。
仕事内容は変わらないのに時給が全然違い、英語を話す機会も多いホテルのキッチンハンド。ジャパレスより魅力的だと思うのですが…。

僕もまだ31なので偉そうな事は言えませんが、海外に折角来たんだから、日本に拘らないで生きてみたらもっと楽しいのではと思います。
あと手に職があって海外で働いてみたいと思っている人も、ほんのちょっとの努力で、英語という武器を持っただけで選択肢が増えます。

ここラリアでビジネスビザサポートはジャパレス以外きついものがありますが、NZで大手ホテルで採用が決まれば、ビジネスビザは簡単に下りますし、ホテルはビザをサポートしているからと言って恩きせがましく過酷な労働条件を強いる事は有りません。
僕も最初は痛い目に遭いましたが、英語力をつけてからは何とか無事に海外で頑張って居ます。

そして僕の考案したメニューが近々ホテルのメニューとして登場するかもしれません。今は試作の段階でwill ではありませんが…mayよりは可能性が高いからwillprobablyくらいでしょうか??その日が来たら、是非、僕の料理を食べにブリスベンに遊びに来てください。(ホテルの名前は内緒です。浅井先生に聞いてください。)
僕は今でも時々ブルーエイザーを見直して、ネイティヴの言い回しを研究中です。