






Mother Teresa’s House への旅
インドのコルカタ(旧名はカルカッタ)へ行くまでに約20年の歳月がかかりました。
2年前に定年退職をし、1年間のOxford での留学生活を終え、やっとコルカタへたどりつきました。
インドへはこれまで2回ほど行っていたのですが、ボランティア活動をするための旅は今回が初めてでした。 いつか行かなければと思いつつ月日だけが過ぎていく日々でした。ここへたどりつくまでには様々な思いが交錯し、なかなか決心がつかなかったのが本音です。 言葉はどうするのだろう、私に何ができるのだろうか、と今思えば何の事もない雑念に囚われ無駄な月日を過ごしてしまったように思います。
ボランティアって何だろう?人のために何かをすることではなく、自分自身のために
今できる事をたんたんとすることかなと今は思えるようになりました。 無理をせず、等身大の自分を生かすことなのかなと思います。 スキルも何もない自分がどうしたらボランティアをできるのか、その答えをマザーは教えてくれました。 考えるのではなく、愛があれば何でもできる、マザーはそう言っているように思いました。 彼女は世界で最も貧しい人々に神の愛をもって手を差し伸べてきました。
コルカタの町は、砂埃、公害等のため、歩いていると喉が痛くなります。 私も、喉を痛め、やむなくマスクをしました(本当はマスクなんかしたくなかったのですが)。
ホームステイ先へ戻るとまず先にシャワーを浴びて洋服を着替え、鼻の中を掃除するのを日課としました。 鼻の中が真っ黒になっているのです。 木々の葉は緑ではなく、黒く公害のひどさにびっくりしました。 マザーはこのコルカタで、生涯を最も悲惨な人々のために神の愛を持って捧げて生きてきました。
彼女のこの精神は今もなおシスター達によって受け継がれています。 毎朝6時から本部の施設でミサが行われています。 彼女が生きていた時も、亡くなった今もなお。 2階のミサが行われる場所の彼女がいつも座っていた場所に今は彼女の人形が置いてあります。 まるで、今もそこにマザーがいて、人々を見守っているかのように。 不思議な人ですね。 マザーを思うだけで心が癒され、浄化され、自分が何をすべきなのかが、自然にわかってくるのです。
Mother House にはいくつもの施設があります。 Kalighat-Nirmalhriday(死を待つ人の家) Premdan-Paracircus(病気や精神障害のある患者、身寄りのない老人、貧しい患者、知能障害で捨てられた人、貧しい子供達の学校) Santidan-Tangra(親のない子供、貧困家族で育てていけない子供の一時預かり) ナポジポン(子供を含め貧しい人の結核病棟とアルコール中毒、麻薬中毒者の厚生施設 ハウラー駅中心の路上生活をする親のない子を引き取る部門) Dayadan-Nimtala(10歳以上、身体および知的障害児) Sishubhawan(健常孤児) Sishubhawan(障害者孤児) まだその他にも施設がいくつかあります。
月、水、金が受付の日になっているので、その曜日に登録に行き、自分の希望するところをシスターと相談します。 一日だけでもボランティアは可能です。旅行の途中による人もいます。 自分が可能な日数で活動ができます。 施設によって活動は違いますが、衣服の洗濯やお掃除、食事の介護、足をさすってあげたりと色々なことをします。 私は健常孤児の施設に行き、英語の先生のアシスタントをしました。 私は3歳児のクラスへ配属になりました。 毎日午前中はお勉強の時間で、英語を教えに外部から先生がきます。 3歳児に英語を教えるというプログラムは最近始まったようです。 でも、なかなか授業に集中ができなくて、大変でした。遊びを取り入れながら、英語の単語を教えていました。 彼らは、将来海外へ養子としてもらわれて行くのを待っている子供達です。 どんな理由でこの施設へ来たのかは、私にはわかりませんが、彼らが養子として新しい両親に巡り合える日が一日も早くくるのを切に希望しています。 子供には温かい家庭が必要です。 多くの他人のどんなに温かい愛情よりも、自分だけを見つめてくれるパパとママの愛情が必要です。 私がいる間にも、実に多くの人々が見学に来ていました。 観光の一つとして来ているのではないかという気さえしました。 見学に来るのではなく、たった1日でもいいから、ここで活動してみませんか、と私は心の中でつぶやいていました。
この文章を書きながらも、あの子供達はどうしているのかと、気になっています。 もちろん彼らは私のことなど忘れています。 新しいボランティアの人々と遊び、勉強しているでしょう。 でも、私には忘れようにも忘れられない子供達です。 やはり、再び行くしかないのかな、と思っているこのごろです。
活動中に素敵なイタリアの一組のご夫婦にお会いしました。 彼らの言った言葉を、私は生涯忘れません。 彼らはすでに一人の養子を育てているそうです。 そして、もう一人養子を育てるために申請をし、2年間も待っているそうです。 人種も、男女も、年齢も全く希望をしないで、ただ彼らの元にくる天使を待っているそうです。 神が使わしてくれる天使を待っているのでしょうか。 私には彼らこそ神に見えました。 God bless you. 思わずこの言葉を口にしていました。 この言葉を聞いて、彼らはとても感動した様子で、私の肩にそっと手を置きました。 忘れられない思い出です。
私はイタリア語がわからないし、彼らは日本語がわからない、お互いの気持ちを伝えるのは英語でした。 ヨーロッパの国々、アジアの国々、そしてシスター達との交流は英語でOKでした。 1年間Oxfordで勉強してきて本当によかったと実感した時でした。 海外で生活するためには、やはり英語は必須です。 その上で、現地の言葉が必要です。 神様、私に語学の才能を与えてくださいとお願いせずにはいられません。 努力しないで言語をマスターする方法があったら誰か是非教えてください。(不可能ですよね。) 努力なしでは、何もできませんね。
次にいつ行けるのか、今の所、全く予定が立ちませんが、是非もう一度行こうと思っています。 ホームステイ先では毎日カレーでしたので、インドカレーの大好きな人お勧めです。 カナダからのボランティアの人と話をしたのですが、彼女はリタイアをして、もう2か月ぐらいボランティアをしているそうですが、いつ帰るかはまだ決めてないそうです。
帰国したら仕事をし、お金をためて再び戻る予定だそうです。 そんな人々が多くいます。
コルカタの町の様子と、路上のチャイ屋さん(インドの紅茶 約6円ぐらい とてもおいしい)、ダージリンの世界遺産に登録されている Toy Train の写真を掲載します。